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おそらく、「正法眼蔵随聞記」「論語」「新約聖書」の三冊がトップスリーだと思う。
何度も読んでいるので肩ひじ張って通読するといった読み方はしない。トイレのお供だったり、就寝前に一節だけパラパラと読んだりと、気軽な気持ちで手に取っている。

これらは和洋中を代表する古典中の古典で、それぞれ(日本)仏教、キリスト教、儒教の基本的かつ重要な教えが説かれたものだが(正法眼蔵随聞記はちょっと立ち位置が違うが)、共通する内容が多いことが面白い。人間の生態や感情というものは時代や地域を問わないようだ。

これらの本が私を惹きつけるのは、何より内容の面白さや生き方のヒントが濃縮されているところにある。
例えば論語にあるこの言葉はいいなと思う。人生こうありたい。
子の曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむに如かず。
論語は押しつけがましくないところがいい。孔子の悩み、喜び、考え方などが短い言葉で率直に表現されている。だから心に響く。

一方「正法眼蔵随聞記」で語る道元の言葉は厳しいものが多い。末法の世であるこの時代の人心が乱れていたことの裏返しだろう。切れ味のよい刀のようであり、人間の弱さを見事に見抜いている。
道元は日本が生んだ正真正銘の大天才だ。正法眼蔵の時間論はハイデガーやベルグソンの時間哲学に700年も先んじている。道元が30歳かそこらでこの大哲学を著し始めているという事実には驚いてしまう。
そんな天才が正法眼蔵随聞記でこんなことを言っている。
広く学び、博く書物を読むことは到底できるものではない。すべて思い切ってやめるがよい。ただ一つの事について、心得や、秘訣を習い、先輩の修行のあとをもよく調べて、一つの行に専心努力し、人の師匠ぶったり、先輩顔をしないことである。
天才でもこうだ。
では、能力が劣る私のような人はどうしたらいいのか。
ただ一つの事を専一に行うことさえ、生まれつき力の劣った者にはできはしない。

切れ味抜群!