一橙提げて暗夜を行く

脳内から放出したいことをそのままに。

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ナウル共和国。太平洋に浮かぶ国土面積がわずか21km²の独立国家である。バチカン、モナコに次ぐミニ国家で人口も1万人程度しかいない。この国がたどった歴史はまるで寓話のようによくできたストーリーであり、作り話のように思える。
全国民へのベーシックインカム支給、税金は無料、電気代、病院代も無料、結婚すれば新居を国が与えてくれる。加えて、国民所得はアメリカを凌ぎ世界トップレベル。
しかし繁栄の絶頂からの急転落。富、文化、環境を失い、生活は石器時代に戻ろうとしている。この本で語られるナウルの物語は寓話でも何でもなく実話だ。現代における史上最大の破綻国として、この小さな共和国は名を残すことになった。続きを読む

歳時記
歳時記を単に俳句をひねる人のための季語集と捉えるともったいない。季節感や自然風物を手軽に感じることができるので、手元において朝のちょっとした時間とか寝る前の数分程度眺めるだけでも面白い。
歳時記は功利的目的で読むものではないが、あんがい、このご時世でも、こうした失われつつある日本の伝統風物に関する知識は社会の上層階層ほど保持されていたりして、ちょっとした会話の中でさりげなく出てくるときがある。こうした人たちと相対するとき、歳時記的「常識」は力強い味方になるが、これはあくまでおまけだ。

ところでここ最近、東京でも肌を刺す寒さが続いている。今の時期は1年で最も寒い「大寒」の時期にあたる。
大寒と敵のごとく対ひたり
こんな句が大寒の項目に載っていたが、意味は、大寒の寒さに「敵のごとく対(むか)っている」という感じだろうか。

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おそらく、「正法眼蔵随聞記」「論語」「新約聖書」の三冊がトップスリーだと思う。
何度も読んでいるので肩ひじ張って通読するといった読み方はしない。トイレのお供だったり、就寝前に一節だけパラパラと読んだりと、気軽な気持ちで手に取っている。

これらは和洋中を代表する古典中の古典で、それぞれ(日本)仏教、キリスト教、儒教の基本的かつ重要な教えが説かれたものだが(正法眼蔵随聞記はちょっと立ち位置が違うが)、共通する内容が多いことが面白い。人間の生態や感情というものは時代や地域を問わないようだ。

これらの本が私を惹きつけるのは、何より内容の面白さや生き方のヒントが濃縮されているところにある。
例えば論語にあるこの言葉はいいなと思う。人生こうありたい。
子の曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむに如かず。
論語は押しつけがましくないところがいい。孔子の悩み、喜び、考え方などが短い言葉で率直に表現されている。だから心に響く。

一方「正法眼蔵随聞記」で語る道元の言葉は厳しいものが多い。末法の世であるこの時代の人心が乱れていたことの裏返しだろう。切れ味のよい刀のようであり、人間の弱さを見事に見抜いている。
道元は日本が生んだ正真正銘の大天才だ。正法眼蔵の時間論はハイデガーやベルグソンの時間哲学に700年も先んじている。道元が30歳かそこらでこの大哲学を著し始めているという事実には驚いてしまう。
そんな天才が正法眼蔵随聞記でこんなことを言っている。
広く学び、博く書物を読むことは到底できるものではない。すべて思い切ってやめるがよい。ただ一つの事について、心得や、秘訣を習い、先輩の修行のあとをもよく調べて、一つの行に専心努力し、人の師匠ぶったり、先輩顔をしないことである。
天才でもこうだ。
では、能力が劣る私のような人はどうしたらいいのか。
ただ一つの事を専一に行うことさえ、生まれつき力の劣った者にはできはしない。

切れ味抜群!

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